制作

Kra『サタヒナト』

思う存分語れとあらば、「冊子一冊まるごとこの一枚の為におくれ!」と懇願する他ない世紀の傑作。
干支一周分以上の経歴を持ちながら、瞬間最高独創力・創作欲を「今」に極め続けているKraの絶品。その気高さ美しさを!
それをなんだい。A4一枚で紹介とは。全ク冗談ジャナイヨッ!!
…そんな嘆き深き昨今。みなさまいかがお過ごしでしょうか。
今回は、「メルヘンも引っ掻きゃ血が出る」ことを思い知らされるKraの背筋凍結系ミニアルバム『サタヒナト』をご紹介致します。

他に類を見ない劇的な愛されフェイスの持ち主でありながら、「この人の体には、きっと人格専用のエフェクターが搭載されていて、楽曲ごとに逐一スイッチを切り替えているに違いない」と言い聞かせても尚納得できない程の表情豊かな声色の使い手でもあるVo.景夕さん。
詩上のキャストへ憑依するに留まらず、聴き手の身にまで乗り移ってしまい兼ねない彼の感情移入っぷりはもはや病的でございます。

迫りくる歌声と過度な臨場感を誇るサウンドに誰もが恐怖と高揚を感じてしまうであろうリード曲『微笑みの葬列者』こそがまさにその象徴。
光を奪う様、鼓膜にのしかかる重々しいバンドアンサンブル。それに絡みつく荘厳なストリングスとピアノ。それを蝕む憎悪と怒りに震える第一声。

もう思い残すことは無い
雨…雨…全てを流せど
消える事ない涙の痕

第三者の姿や声、その気配さえ感じられない密室感に苛まれた歌は、とある一つの人格が愚かな自らを嘲け笑いながら日々繰り返す自傷行為ともさして違わない独白の様を直情的に描いたもの。
譜面を苦悩に喘ぐ声で塗り潰し、人を殺める様に鍵盤を狂い叩く主人公が何故こんなにも喉を裂き感情を吐露するのか。
その理由は、序章に収録された『亡国のアリア』の劇中にある「思い返せば我が生涯とは一体何だったのであろうか」という台詞からもとれる様、主人公が「この歌へ辿り着くまで」に歩んできた忌々しい過去にあります。

実は、この『サタヒナト』。Kraが一年を通して描いてきた「Joker’s KINGDOM」というコンセプトの完結部にあたる作品なのです。
「トランプのジョーカーが王(KING)の座を強奪したら、そこにどんなドラマが生まれるのか」というメルヘンな構想の元、胸中が読めず、存在そのものが謎めくJokerの掴んだ「王」としての栄光、失墜、そして没落に至るまでの物語。
一時的な栄誉であれ、他者に認められ王国を築いた彼が守り切れなかったJoker’s KINGDOMの終幕から、この『サタヒナト』は幕を開けます。
こうしてストーリーをなぞると「可哀想な人ダナ」なんてうっかり憐れんでしまう心優しい方もいるかと思いますが、ちょいとお待ちを。
というのも、こいつがまたなんとも傲慢かつ身勝手な男で、ここに至るまでの横暴ぶりときたら目も当てられないものだったのです。

絶対的支配の元、権力を欲しいままにした彼は、その好戦的な先導力で民衆を強引に煽り罵り、それはそれは見事な暴君ぶりを発揮しておりました。
しかし、何事も力でねじ伏せていく独裁者の在り方に人々は強い疑問を抱く様になり、たちまち彼の元からひとりふたりと姿を消していきます。
広い世界に佇むひとつの王国の中で築きあげられた小さな歴史が無様に滅びゆくだけの一方通行な物語。
一見無惨でも実際Jokerは特別不幸者になったわけではなく、元あった孤独な自分にかえっただけの文字通り「自業自得」なお話なのですが、再生を終えた先の聴き手をこうも憂いの渦に巻き込んでしまうのは、Kraの誇るキリマンジャロ級の感情描写力が過ぎるせいでしょう。

雑にベタ塗りされた「ワルモノ」ではなく、言動や思考の節々に滲むJokerの繊細な心模様を丁寧に描きあげ、決して鈍感ではないからこそ見逃せずにいた迷いや葛藤、そして他者には最後まで悟られることのなかった耐えがたい孤独をも見事に表現しきっているのです。
地上に在る生き物の中で唯一ヒトが授かってしまった「同情心」を深く抉る作品。
その虚しさは降り止まず、実はただずっと寂しかっただけのJokerが王としての一生を終え、純粋な孤独にかえった日に独り口ずさむラストナンバー『さよなら』。
在りし日の思い出ひとつひとつへ丁寧にお別れを告げる幼声がまるで子守唄の様に穏やかで、その儚さに胸を締めつけられます。

あらゆる行為に及ぶ原動力すべてが「孤独」にあることを知ってしまった上で、昨年リリースされたフルアルバム『Joker’s KINGDOM』、続くシングル『Clown’s Crown』へと潜り込めば、そこには彼の悪行全てを許してしまうあなたがいるかもしれません。
もしかしたら、不器用なJokerが思い描いていた夢の王国は、もっと大衆に喜ばれる絵本の様な世界だったのかもしれないとさえ思える程です。

「三部作なら始まりの作品から紹介しろよ!」ともっともなお叱りを受けそうな予感ですが、あまりにも今作が素晴らしかったものでつい…
それに『さよならからまた始まる夢がある』と、かの有名なJokerさんもそう歌っておりますし、名作に順序付けなんて野暮なんじゃないかなと…
なんていう言い訳を必死に探している今日という日も、どこかのCD屋でビニールに包まれ窒息しそうなジョーカー様があなたとの出逢いを待ち望んでいることでしょう。
その最高に愉快な待ち合わせ場所が当店であることを切に願いつつ、本日も私たちは大きく声を揃えるのです。イエッサーいませ~。