制作

umbrella『キネマトグラフ』

暗がりな詩が好き。美しい歌声に惹かれる。
そして何より、良い音楽との出逢いに飢えている。
以上三つの症状を自覚していながら、この素晴らしき一枚をまだ手にしていないという方へ。
今回御紹介するのは上質さがちっともミニじゃないumbrella(アンブレラ)渾身のミニアルバム『キネマトグラフ』でございます。

何を隠そうこの作品の目玉はリード曲『軽薄ナヒト』。
優雅なストリングスから幕をあけ、開始一秒から早くも名作の香り漂う一曲ですが、そのセレブなサウンドの奥には生々しい人間の愛憎劇が待ち受けておりますので、くれぐれも傘のご準備はお早めに。

言うなれば、これは4:19の昼ドラマ。
起き抜けの様な気怠く冷めた声で己の心情を淡々とこぼす、やや人間不信な男。
彼こそが本シナリオの主人公であり、事の元凶であり、加害者であり、ところがどっこい被害者でもあるのです。
彼は愛する人を一人に絞ることができない、いわゆる「ダメ男」でした。
それ故、その身の拠り所となる巣を自らの手で複数こしらえますが、ひとつとして心から安らげる居場所を作ることが出来ず、酷く身勝手な苛立ちと曖昧な孤独を日々募らせていたのです。

彼と肌を合わせる二人の女性「君」と「キミ」。
同時に二人の女性と関係を結ぶなんてのは言語道断ですが、純愛を知らず、また知ろうともしない男にとって、彼女たちとの営みは虚しさを誤魔化すための手段に過ぎませんでした。
と、そんな説明をすれば酸いも甘いも経験してきた女性陣から「なにそれ!最低なヤローじゃん!」といった罵声が攻め込んできそうなものですが、怒るのはまだ早い!彼の本領はまだまだこんなもんじゃございません。
と言いますのも、彼は大変往生際が悪い性格の持ち主でして…

自身の愚行によって育まれた苛立ちが自業自得であるという当然の事実さえ認めようとせず、己が苦しんでいる原因をひとつふたつと見つけ出しては、それらすべてを相手のせいにすることで平静を保とうとする、なんとも哀れな卑怯者。
例えばこれが「そんな彼でしたが後に大切な人と出逢い、本物の愛を知ったのでしたー」という月9めいたストーリーであったなら、終わり良ければなんとやらでメデタシメデタシなお話。
しかし、何度もしつこい様ですが、奴の軽薄さを侮ってもらっちゃ困ります。
彼は自らこの環境を築いておきながら、ついには偽物の軽々しい愛情表現さえ億劫がるようになり、ついには『愛してるなんて機械に言わせたい』とまで抜かす始末。
更には、二人目のキミに対し、『確かめるようなことしないで  指輪は外したよ』などと、これまた本命とされる「君」に知られたら翌朝の三面記事で主役を飾ること必至な言い訳をこぼします。
ただ、この発言から彼が二人との関係に何の罪悪感も恐れも覚えない、いわゆる「肝の据わった男」ではないことが露呈してしまうのです。そう、彼はとても臆病な人間でした。

歌詞カードに散りばめられた心の弱さとそこから否応なく滲みだす彼の人間味。
それを切なげな歌声で引き立たせるVo.唯さんの名歌唱のせいで、最低であるはずの彼についつい同情してしまう人も現れることでしょう(主に男性)。

それに、この歌に住む「軽薄な人」はどうやら彼ひとりではなさそうなんです。
その疑惑を可視化したのが本作のドラマMV。
役者さんのキャスティングが実に見事で、とびきり美男美女というわけではない三人が演じるとても生々しい日常には、そんじょそこらの健全なMVにはない脅威のパワーが潜んでいます。
特に主人公が自暴自棄になり、道路上で一人叫んだ「歌詞にはないあのセリフ」の気迫と絶望感といったらありません。
恋人同士での鑑賞は心に毒(主に男性)なので、御一人様でお楽しみいただくことをお勧めします。
もし彼氏と一緒に観るようであれば、予めテーブルの上に飲み物を用意しておきましょう。
鑑賞中、身に覚えがある動揺から目を泳がせた彼がその飲み物に手を伸ばす様であれば…いよいよ疑わしいですぞ。

「行動力のあるダメ男はモテる。」

これは、その昔、私の友人が放った名言でございます。
生気こそ感じられませんが、『軽薄ナヒト』の主人公もきっとこの手のタイプなのでしょう。
単なる一個人の予想ではありますが、臆病な彼は歌詞カードに所狭しと敷き詰めた問題発言&言い訳のひとつとして、二人の前では口にしていない様な気がするのです。

寡黙にして軽薄。
そんな厄介者の男をあなたは嫌わずにいられますかな。
果たして彼にくすぐれる母性なんてあるのだろーかー。
と、そんな問題作を含んだミニアルバムのエンドロールを飾るのは、『僕達が描いたパノラマ』。
前述の『軽薄ナヒト』とは全く異なる表情をしたとても真摯な歌です。

彼らが何よりも「歌」を大切にするバンドであるということ。
その誇りと志を余すことなく閉じこめたこの作品には、彼らが絶えずumbrellaであり続ける意味と4人が抱えた色褪せることのない夢が深く刻まれています。
決して派手ではない彼らのアーティストとしての在り方が歌詞通り『時代遅れ』なものであったとしても、この素晴らしい音楽を一つでも多くの手に届けるべく、今日も明日も明後日も最大限の努力を重ねてまいる所存でございます。

罪な名盤『キネマトグラフ』。
憂鬱の雨からあなたを守る為に広げられた大きな傘がお待ちです。
音楽に対する彼らの愛が決して「軽薄」でないことを、どうぞその耳でお確かめください。