制作

Chanty『Chantyの世界へようこそ』

基本的にここは「まだそのバンドのことをよく知らない方」に宛てたコーナーなので、入口として手に入れやすく値の張らないシングル or ミニアルバムを取り上げてきたのですが、ちょっと今回はいきなりのフルコースで申し訳ない。
今をトキめくChantyの1st FULL ALBUM『Chantyの世界へようこそ』。
この作品の魅力をバラ売りするなぞCD屋としてあるまじき!と判断してのフルアルバム紹介でございます。

Chantyといえばそう、渋谷界隈では「声量オバケ」の俗称で知られているVo.芥さんの超音速ライナー性の突き抜けた歌声!
ステレオの音量を0にしても声だけは聴こえてくるという怪奇現象級の声量に触れずして、Chantyの魅力は語れません。

とはいえ、プロがしのぎを削るこの業界。
ただ声が大きい!歌が上手い!ってだけではちょっと心許ない。
じゃあ一体彼のどこが他と違って魅力的なのか。
それは、そんな勇ましい声とは裏腹に、歌われているメッセージがめちゃくちゃ弱虫な点にございます。
心斎橋界隈では「日本一声のでかい弱虫」の俗称で知られる彼のヴォーカリストとしての生き様は、「唯一無二」なんつう退屈な常套句を遠く彼方へ蹴り飛ばすほどのパワーに満ち溢れているのです。
人間が抱える感情の陰り、それを光より強い光力をもって表現するChantyの魅力をこのA4の紙一枚でどうにかお伝えするべく、コーナー史上最も小さなフォントサイズ7.6ptで先を急ぎましょう。

勢いのままに見切り発車!
スピーカーの端から端まで駆けずり回る痛快なナンバーがひしめくなかで、今回ご紹介したいのは五番目の刺客『ダイアリー』。
今、名古屋界隈をにぎわせている「芥、性を偽っている説」が立証されてしまいかねないリアルな乙女心が炸裂した本作は、自身の存在価値に迷いながら、それでも期待を捨てきれずにいる臆病な少年・少女・紳士・淑女・愛犬・愛猫すべての心に響くことでしょう。

物語は一人の女性が机の奥にしまっていた昔の日記帳を開くシーンから。
ラジオ越しに聴いているかのようなボヤけた音像のなか、日記の内容には触れず、『笑っちゃうぐらい卑屈な あの日のわたし』と穏やかな口調で呟く彼女。
「Chantyにしては妙に物静かなスタートだなぁ…」と油断をシタラバーーードーンッッ!
先程までの静寂が罠だったかのように楽器隊のギアが一気にトップへ入り、事前告知なしの大爆発!リズムは最高潮にイケイケ!しかしここで歌われるメッセージはその攻撃的なサウンドにひるむことなく、最後まで繊細な心模様を貫き通します。

特筆すべき長所や優れた点の見当たらない自分が「立派な何者か」になろうと立ち上がり、その先で諦めを知る。
ひとつの人生のなかで幾度となく直面する挫折に怯むたび彼女が口にした言い訳は、『いつだって才能でこの世は回る』という言葉でした。
現実を知るたび、自身にそう言い聞かせてきたはずなのに懲りもせず忘れた頃にまた同じだけの期待を抱いてしまう彼女。
他人を一切巻き込まず、主人公一人の体内でぐるぐるぐるぐると回り続ける悔しさと悲しみが3分55秒という時のなかに容赦なく沈殿していくのです。

大それた夢や目標を持っているわけではない、でもそんな人生のなかでさえ誇れる自分になれず嘆く「言われなくても最初から分かってる。でも!」の連鎖。
きっとこのページを白い目で追っているお客様のなかにも「分かるぞ!」と頷かれる方がいらっしゃるのではないかと思うのです。
曲中で彼女が何度も口ずさむ『消えたい 今日も消えたい』という言葉も、その字面に反した歌声の生命力から「死にたい」とはまた違う微妙な感情のズレを感じさせられます。

「今の自分」への希望を捨てきれない彼女が自身を惨めに情けなく、さらにいえば酷く可哀想に思いながらも一生懸命に今を愛そうともがく姿。
その苦悩の中で一際耳を惹く『消えたい今日も消えたいそれでも今が恋しい』というたった一度の本音が放つ人類最大出力のパワーがまぁ凄まじい。
「心の脆さ」と「強い歌声」の両方を兼ね備えた芥さんにしか表現できないこの一節があなたの心臓をつんざく瞬間。出来ることならリアルタイムでその現場を拝見したいものです。

「憧れは募るばかりだけど、自分には何の才もない」
「叶うならばそっと消えてしまいたいけれど、今が恋しい」
どちらかひとつを潔く諦めれば楽になれることを知りながら、それが例え自身を苦しめる種であっても全部を手離そうとしない彼女の欲張り&優柔不断っぷりは誰しもが抱えている人の性なんじゃないかしらと思うのですがいかがでしょう。

古い日記は最後の一行に至るまで寒色に彩られます。
しかし、決して彼女は不幸者ではありませんでした。
何故って、ここから何年もの時を経た「今」の彼女がそれを見て『笑っちゃうぐらい卑屈』と過去の自分を愛おしく想うシーンが冒頭に描かれているのですから。
「今が例えそうであっても、いつかは笑えるときが来る」というメッセージをさりげなく曲の頭に添える芥さんの優しさは信州の憂鬱を一掃することでしょう。

Chantyの歌には、やばい!困惑!ピンチ!SOS!と、主人公がやたら窮地に追い込まれているものが多く、しかも、その敵へ勇敢に立ち向かうことなく全力で逃げ回る姿が臨場感たっぷりに描かれているのですが、そういった楽曲にも必ず救いと希望(ときどき笑い)が存在します。
一度落ちてしまうとそのまま起き上がれないメンヘライズムソングが多いこのシーンにおいて、彼らの楽曲は前向きに生きようとする人々にとっての頼もしいカンフル剤となっている様に思えるのです。

『Chantyの世界へようこそ』という紳士的な余裕を感じさせるタイトルこそが最大のトラップ。
蓋をあければ1曲目の『犬小屋から愛を込めて』なんて逃げて逃げて逃げまくる「例のChanty」が招待されたはずのあなたの真横をビュンッと駆け抜ける始末。
「そんな馬鹿な!」と笑いながら、全10曲に渡るおしゃんとの愉快な逃走劇をお楽しみください。
もちろん、持ち前の歌唱力を存分に活かしたバラードもございます。

一曲を端的に切り抜いてもこれだけの文字数が必要な楽曲が盛りだくさんな実に実に素敵な一枚…あぁこいつは困った。気付けば残された文字数は残り僅か。
「アルバム紹介!と意気込んどいて結局一曲しか紹介出来てないじゃん!」というあなたの声も、芥さんの声量に阻まれここまでは届かないようだ。ありがとうおしゃん!いいバンドです。