Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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神経疾患患者さんに対する緩和ケアとは一体,何なのか?

2019年07月27日 | 医学と医療
日本人神経難病患者のスイスにおける自殺幇助による死の報道は患者,家族に衝撃をもたらした.予想されたことだが,NHKでの番組放送後,日本からスイスの自殺幇助団体に対する問い合わせが急増しているという.同時にこの出来事は医療者に「プロフェッショナルとして,神経疾患に対する緩和ケアができているのか?」という問題を突きつけることになった.そもそも神経疾患に対する緩和ケアとは何なのか?例えば本邦でも定着しているがんに対する緩和ケアと何が違い,どのようなスキルや教育が求められるのだろうか? 以下,まとめてみたい.

【神経疾患の緩和ケアはがんと大きく異なる】

神経疾患の緩和ケアはがんと異なる難しさがある.要点を列挙したい.
・ がんの緩和ケアが「疼痛緩和」が中心であるのに対し,神経疾患では「呼吸困難(呼吸苦)と嚥下障害への対処」がもっとも重要になる.
・ 神経疾患では,認知機能低下・運動障害により,医療者が患者の苦痛症状を理解できないことがある.同様の理由で,患者による治療に関する意思決定も難しい.つまり神経疾患の緩和ケアでは患者,家族の苦痛や考えを医療者が理解することが重要となる.
・ 日本では緩和ケア専門医が,ALSをはじめとする神経疾患の緩和ケアを行える状況になっていない.脳神経内科医と緩和ケア専門医の協働を進める必要がある.

【神経疾患の緩和ケアのスキルとはなにか?】

近年の2つの総説を紹介したい.1つめは米国Mayo ClinicのRobinsonらによるもので,以下の5つのスキルを提示している(Mayo Clin Proc. 2017;92:1592-1601).
1.適切に予後を伝える
2.患者さんの考えをよく拝聴し,正確に引き出す
3.慎重にshared decision makingを行う
4.全人格的な痛みを理解し対応する
5.終末期の緩和ケアを行う

2つめ,米国ワシントン大学のCreutzfeldtらによるもので,以下の5つ提示している(Neurol Clin Pract. 2016;6:40-48).
1. 病初期より診断・治療の告知,方針の決定をし,信頼関係を築く
2. 症状のマネジメントを行う
3. 患者の考えに寄り添った治療を行うこと
4. 終末期ケアとしてのホスピスを導入すること
5. 多職種でアプローチすること
以下,上記のなかで重要なポイントを4つ解説する.

A. 緩和ケアは診断後早期から,全人的な痛みに対して開始する

診断後早期からの緩和ケアは,肺がんにおけるランダム化比較試験において,自覚症状,QOL,advanced care planning(ACP),そして生存期間を改善することが報告されている.これを踏まえ,米国がん学会は診断時から質の高い緩和ケアを提供することを推奨している.このエビデンスをもとに,神経疾患でも,診断後早期からの緩和ケアが有効であろうと推測されている.
 また緩和ケアは「身体的な痛み」のみでなく,「知的な痛み」「社会的な痛み」,「心理的な痛み」,「スピリチュアルな痛み」も対象とするため,これらが生じる診断時から緩和ケアを開始すべきである.一般に「緩和ケア=ホスピスケア」と勘違いされやすいが,ホスピスケアは緩和ケアの一部であり,本当の緩和ケアは診断後早期から行うべきものである.

B. 適切に予後を伝えるスキルをマスターする
病名告知,および予想される機能障害や生命予後に関する真実告知は,緩和ケアの重要なスキルである.これには以下の5つが必要である.
1)予後に関する既報の文献を正しく理解する
2)その情報に基づきに個々の患者の予後を推測する
3)患者,家族がすでに知っていること,聞いたこと,理解していることを把握する
4)通常,最善,最悪のケースを提示する
5)患者・家族の理解度を評価する

神経疾患の予後予測はがんと比較して困難で,しばしば「不確かさ」を伴う.例えば疾患重症度スケールを用いて丹念に評価しても,必ずしも患者・家族のQOLや苦痛を理解できるわけではない.しかし「不確か」ではあるものの,予測される機能障害や生命予後を説明することは,患者が治療,生活環境,ケアのゴールを決めるために不可欠である.正しく分かりやすく選択肢を伝えなければ決めることができない.「通常,最善,最悪のケースを提示する」ことである程度「不確かさ」を克服できる.具体的に考えられるようになると,患者・家族は先が見えない不安を軽減できる.

C. shared decision making(SDM)をマスターする
インフォームドコンセント(IC)は,医療者が勧める治療に対し,適切な情報開示の上でなされる患者の自発的な受託である.ただこれは状況によっては,医療者が最善と考える(好む)選択肢を患者に同意させ,それが後で法的に問題視されないように証拠書類を残す作業になりかねない.これに対し,SDMでは患者と医療者が解決策を協力して見出そうとする点で,医療者が主導するICと大きく異なる.つまりSDMは患者自身,そして医療者自身も,どうしたら良いか本当に分かっていないときに,協力して解決策を探す取り組みと言える(中山建夫.2017).医療者には(1)その状況で使用できるエビデンスを適切に入手するスキル,(2)患者・家族の考え,つまりその人となり,価値観,求めるゴールをよく拝聴して適切に引き出す能力の2つが求められる.

D. 終末期の緩和ケアを行う
ホスピス(終末期緩和ケアを行う施設)でのケアは,米国の保険制度では,生存期間が6ヶ月以内と予測される患者に対して提供される.一方日本では,神経疾患に関するホスピスケアは一般的ではない.その背景は,WHO(2002)はすべての疾患が緩和ケアの対象となると言っているものの,日本ではがんとエイズにのみ行われ,2016年にようやく循環器疾患(ただし脳卒中は含まれていない)が保険診療上の対象となったものの,依然,神経疾患は対象として認められていないことがある.このため本邦では神経疾患患者のホスピス入所はほとんど行われていない.しかしもし導入できれば,在宅療養を行ってきた患者の終末期緩和ケアを最適化できる可能性がある.またホスピスケアでは,今後,生命維持治療の差し控え,緩和的鎮静,意図的な食事中止,自殺幇助といった臨床倫理的に難しい問題を議論することになる.

【神経緩和ケア教育について】
緩和ケアにおいて死の問題は避けて通れない.このため死の教育が必要となる.しかし現在の多くの医学部では患者を生かす方法は教えるが,看取る方法についてはほとんど教えない.先日,荻野美恵子先生(国際医療福祉大学)が講演で仰っていたが,例えば在宅でのモニターがないような状況で,死の宣告をどうしたら良いかさえ多くの医師は分からない状況である.また症状のマネジメント,具体的には呼吸苦に対するオピオイド使用や,痛みに対する鎮痛剤の使用,嚥下障害への対応など,具体的な苦痛の緩和に対する治療法に関する教育も必要である.加えて意思決定支援についての教育も必要である.

以上にように神経疾患に対する緩和ケアの概念の理解,スキルの習得,そして教育は重要な課題であり,真摯に取り組む必要がある.

中山建夫.これから始める!シェアード・ディシジョンメイキング.新しい医療のコミュニケーション(日本維持新報2017)




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